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第35回《年末とベートーヴェン》

師走。誰にとっても慌ただしい一ヶ月であり、仕事に飲み会、遊びに帰省と兎に角忙しい毎日を過ごす12月。手帳を見て、楽しみとシンドさの混ざった「後少し」というワードが脳裏に浮かぶのは私だけでしょうか?そんな師走・・・・
 音楽業界に目を向けると兎に角コンサートが多い!毎日いたる所で「クリスマスコンサート」と題された催しが開かれ、箱に至っても小さいサロンから大きなホールまで一年で一番忙しい、いわゆる繁忙期を迎えます。そしてオーケストラの演奏会ではやたら同じプログラムを目にするようになるのです。

【L・V・ベートーヴェン:交響曲第9番 二短調 作品125『合唱付き』】

 そう、俗に言う『第9』です!では何故第9の演奏会が12月に多いいのか?先に言ってしまうと、はっきりとした事は分からないのですが、今回はその時代背景(と言ったら大げさですが)を探っていきたいと思います。

 
 まず、ベートーヴェンがこの曲を初演したのは1824年の5月7日、ウイーンで大入り満員になったと言われている。再演は同月23日に行われ今度は客席の半分も埋まらなかったという。主催者はこれに懲りたのか、ベートーヴェンが存命中ウイーンにおいては一度も演奏されなかったとされている。
 時は経ち1846年ドレスデン、あのリヒャルト・ワーグナーがベートーヴェンの総譜の不備に手を加え、自ら指揮をして画期的な大成功を収めた。こうして「第9」が復活したのが初演から22年たった4月5日であった。

 まだ12月は出てきません・・・。では日本では如何でしょうか?

 日本における第9の初演は1918年(大正7年)に徳島県鳴門市の収容所で行われた演奏会であったが、この収容所には男性しかいなかったこと、又、楽器が不足していたことから、正式な形での演奏ではなかった。(映画「バルトの楽園」はこの出来事がモデルになっている)日付は6月1日である。部分的な演奏はその後少しずつ各地で行われていたが、正式な初演としてあげられるのが1925年(大正13年)に東京音楽学校(今の芸大)奏楽堂においてドイツ人指揮者(教授)グスターフ・クローンによって行われた演奏会。日付は11月29日と30日!

大分近づきました(笑)

 因みに「第9」の楽譜はこの演奏会の3年前、大正10年に音楽学校に寄付されました。寄付したのは徳川賴貞という紀伊徳川家16代当主の侯爵で、日本で初めてパイプオルガンを輸入した人物としても知られている音楽愛好家でした。

 その次に「第9」が演奏されたのは1927年(昭和2年)なってからである。ベートーヴェン没後100年を記念して朝日新聞主催の演奏会で、その催しの最終日に新交響楽団(現在のN響)によって行われた。日付は5月の3日。続く6日には新交響楽団の第8回定期演奏会としても演奏されている。

遠のきました(涙)

《結局のところ・・・・》
 その後も昭和13年の12月26・27日(ジョゼフ・ローゼンストック指揮)や、昭和17年の12月26・27日(山田和男 指揮)など12月の「第9」演奏はあったものの、定着には至りません。急増したのはやはり「戦後」の社会情勢によるものでした。戦後の絶望の中で「新しい年を『歓喜』の年として迎えよう」という機運の高まりが生まれ、また同時にアマチュアの合唱団が続々と誕生していきました。魂を救う音楽はいろいろありますが、宗教音楽ではキリストを主なテーマにしているのに対し、第九の主人公は『歓喜』です。そして何と言っても名曲です!年の終わりに決着をつけるには格好のプログラムなのかもしれません。

 さて、歓喜の新年。2018年はどんな一年になるのかなぁ・・・・・

2017年12月15日

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