第30回《シューマンの誕生日に聴きたい名旋律》 クララ・シューマン / J・ブラームス /:シューマンの主題による変奏曲
徐々にムシムシしてくるこの時期、年度始からの疲れも溜まりに溜まってちょっと憂鬱な気分になった時(6月病?笑)、「そうだ、シューマンを聴いて癒されよう」と思い出す日があります。それは、6月8日!ドイツロマン派を代表する作曲家、R・シューマンの誕生日です。(友達の誕生日と同じなのでいつも思い出す。笑)ただ、シューマンと言っても沢山の名曲があります・・・。
そこで今回はちょっと視点を変えて1853年の6月8日(ロベルト43歳の誕生日)にシューマンの奥さんクララ・シューマンがロベルトにプレゼントした『ロベルト・シューマンの主題による変奏曲』作品20と、それに影響を受けてJ・ブラームスが作曲した『シューマンの主題による変奏曲』作品9の二つの変奏曲を聴いていきたいと思います。どちらも本当に美しい名曲です。
①【なぜこの旋律?】
この二つの変奏曲の元になった主題はR・シューマンの『色とりどりの小品』作品99の中の一曲。これがまた素朴でいて優しさと陰のある一曲なのですが、そもそも何故クララはこの曲のメロディーを主題として採用したのでしょうか?
それは、この原曲の小品が、明らかに彼がクララと結婚する以前に作曲した『クララ・ヴィークの主題による変奏曲(ピアノソナタ第3番の第3楽章)』の主題に似ているからだと思います。恐らくR・シューマンはこの原曲を作曲する際、過去の傑作であるこの曲を意識していたに違いありません。
②【クララの変奏曲】
クララが作曲した『ロベルト・シューマンの主題による変奏曲』作品20のスコアの表紙には「“彼”に捧げられたロベルト・シューマンの主題による変奏曲」と書かれています。ロベルト43歳の誕生日の日に捧げられたこの曲には、既に病状が悪化していたロベルトの側で親身ともに支えていたクララの思いを感じずにはいられません。
決してドラマティックでは無く、淡々と紡ぎ出される各変奏には、夫に静かに寄り添うクララの優しさが感じられ、切なさの中に垣間見える喜びは正に、その時のクララの心情を表しているかの様です。そして最後の変奏では、クララが作曲した別の作品『ロマンス変奏曲』作品3のテーマがロベルトの主題に絡みあう様に伴奏のハーモニー中に聴こえてきます。正に「寄り添っている様に」感じるのです。
この曲が捧げられた誕生日の翌年1854年の2月、ロベルトはライン河に投身自殺を図り救助された後、精神病院に収容されてしまいます。そのまま二年間をそこで過ごしたロベルトは1856年の7月29日に亡くなってしまいます。医師から面会を止められていたクララがロベルトに2年ぶりに再開したのは亡くなる3日前の7月27日。つまり、変奏曲をプレゼントしたこの日が、夫婦で過ごした最後の誕生日になったわけです。う〜ん・・・なんとも言葉になりません。
③【ブラームスの変奏曲】
この誕生日の3ヶ月後、シューマンの家を初めて訪問した青年がいました。それが後にシューマン夫妻と深い絆を結ぶ事となるヨハネス・ブラームスでした。ブラームスはシューマンを尊敬し、シューマンを献身的に支えるクララに惹かれていきました。そしてクララの変奏曲作品20に影響を受けたブラームスは、ロベルトへの尊敬の意とそれを支えるクララへの慰めを込めて、全く同じ主題を使って『シューマンの主題による変奏曲』作品9を作曲したのです。楽譜の表紙には「“彼”の旋律に基づき“彼女”に捧げられた」と書かれました。
クララの変奏曲に比べて、変奏の幅の広さやキャラクターの多彩さは「流石ブラームス」と言える内容。聴いていてワクワクする様な工夫が随所に施されています。そして、ブラームスもまた、クララが使ったものと同じ『ロマンス変奏曲』作品3の旋律を第10変奏のバス同期に隠しています。なんとも憎い演出ですね。
【二つの変奏曲を巡って】
全く同じメロディーを使って作曲された二つの変奏曲。巧みな作曲技法をふんだんに取りいれたブラームスの作品9と、夫(或いは主題)への愛情を注ぎ込んで作曲されたクララの作品20。曲の規模も性格も違う2曲ですが、その根本にある熱い思い「つまりシューマンへの尊敬の意」は揺るぎない物なのだと感じる事ができる名曲です。是非皆さんも、そんなバックグラウンドにも思いを馳せつつ、この二曲を聴いてみて下さい。ちょっと憂鬱な気分の1日も、ホッコリ暖かい気持ちへと変えてくれるはずです。
2017年6月8日